「計算をすれば予測することができる」という考え方は、人工知能(AI)の誕生と深く結びついています。数学的な計算を使えば、過去のデータから未来を予測することができるというアイデアが、AIという概念を形成する基盤となりました。この考え方は、計算機(コンピュータ)の登場とともに実現可能となり、ジョン・フォン・ノイマンが提唱したフォン・ノイマン型アーキテクチャがその基盤を支えています。以下、計算と未来予測の観点からAIの歴史を簡潔に追ってみましょう。
ブログ作成者紹介
Vareal株式会社
名前:W.H
部署名:データサイエンス部
役職 (ポジション):データサイエンティスト
業務内容:生成AI(Chatbot)ソリューション開発、AI・データサイエンスを活用したビジネス課題の解決支援・提案など
得意なこと:書くこと (考察 & レポーティング)
趣味:読書、散歩、映画鑑賞
目次
- 計算による予測の始まり (古代〜中世)
- チューリングマシンと計算理論の基盤 (1930〜40年代)
- 1. アラン・チューリングと計算理論
- 2. チューリングテストと知性
- 3. チューリングの業績と映画『イミテーション・ゲーム』
- 4. チューリングは「空気」が読めない (余談)
- 3回のAIブームとその進化 (1950年代〜現在)
- 1. 第一次AIブーム (1950〜60年代)
- 2. 第二次AIブーム (1980〜90年代)
- 3. 第三次AIブーム (2000年代〜現在)
- 学習とは何か? ― AIにおける学習の概念
- 1. AIでいう「学習」とは?
- 2. 人間の教え方の限界
- 3. AI学習の進化と人間の役割
- AIの概念 (ポイント!)
- 1. 気温からコーヒーの販売数を予測するAI
- 2. 学習とは「傾き」と「切片」を求めることとも言える
- 3. AIモデルによる推論
- おわりに
- 次回予告:「AI技術とは何か?(後編) ― その本質と未来」
計算による予測の始まり (古代〜中世)
古代から中世にかけて、人々は自然の法則を理解し、未来を予測するために計算を使おうとしました。星の動きや天候の変化を観察し、ある程度の「未来予知」を試みたのです。古代の天文学者や占星術師たちは、天体の運行を計算し、未来の天候や災害を予測しようとしました。これも一種の未来予知のための計算でした。たとえば、古代ギリシャのアリスタルコスやアラビアのアル・フワーリズミは、星の動きから季節や気象を予測し、未来を読み取ろうとしました。
ただし、この時代の計算はまだ非常に簡単なもので、経験的な予測にとどまっていました。数理的な計算による精緻な未来予測には限界がありました。
チューリングマシンと計算理論の基盤 (1930〜40年代)
20世紀初頭に登場した計算理論は、未来予測を実現するための計算能力の基盤を提供しました。この時期、アラン・チューリングが中心となって確立した計算理論は、未来予測の実現に向けて重要な転機となりました。
アラン・チューリング – Wikipedia
1. アラン・チューリングと計算理論
アラン・チューリングは、1930年代に「計算可能な問題はすべてアルゴリズムとして表現できる」という理論を発表しました。これに基づいて、チューリングは「チューリングマシン」という理論的な計算モデルを提案しました。
チューリングマシンは、計算機がどのように問題を解決するか、また未来を予測するためにどのような計算が必要かを示す基盤となりました。チューリングは、計算理論が現実世界の複雑な問題をどのように解くかを解明し、「計算機による未来予測」が可能になることを示しました。この理論により「人工知能(AI)」の発展に必要な基盤が築かれました。
2. チューリングテストと知性
チューリングが提案した「チューリングテスト」は、AIにおける知性を測るための重要な基準となりました。このテストは、機械が人間と区別できないように思考し、対話できるかどうかを判別するものです。
具体的には、もし機械が文字だけで人間と対話し、その対話から機械と人間を区別できなければ、その機械は「知性」を持つと見なされる、という考えです。このテストは、AIの知性に対する哲学的な問いを投げかけました。それは、機械が人間のように「思考する」ことができるのか、あるいは「計算」の一部としてしか機能しないのかという問題です。
チューリング・テスト – Wikipedia
3. チューリングの業績と映画『イミテーション・ゲーム』
チューリングの業績は、映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014年)によって広く知られるようになりました。この映画では、第二次世界大戦中にナチス・ドイツの暗号を解読するために奮闘するチューリングの姿が描かれています。
また、戦後の1950年、チューリングは論文『コンピュータと知能』で「イミテーションゲーム」を提案しました。この思考実験は、機械が文字で人間と対話し、その対話から機械と人間を区別できなければ、その機械は「知性」を持つとするもので、後に「チューリングテスト」として知られています。

4. チューリングは「空気」が読めない (余談)
映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』の主人公、アラン・チューリングは、数学の超天才であり、第二次世界大戦中にドイツ軍の暗号「エニグマ」を解読した人物として有名です。しかし、その天才的な頭脳を持ちながらも、彼には致命的な欠点があります。それが「空気を読めない」ということ。現代風に言えば、彼は「空気が読めない」人間として描かれています。
空気が読めないチューリング
チューリングは、他人の感情を読み取るのが苦手で、冗談を理解することができません。人々が言葉に表さない微妙な意思のやり取りや、感情のニュアンスを感じ取ることができず、その結果、コミュニケーションに大きな障害を抱えています。彼の言動はしばしば他者との摩擦を生み、エニグマ解読プロジェクトのメンバーとの関係にも影響を及ぼします。
例えば、チューリングが他のチームメンバーと協力しようとするとき、彼はしばしば自分の考えを最優先にし、他人の気持ちを無視してしまいます。これが原因で、ヒュー(マシュー・グード)や他の同僚たちとの関係は最初は非常にギクシャクしており、時には激しく対立することになります。
型破りな仲間集め
そんなチューリングの問題を解決するために、物語の中で登場するのがジョーン(キーラ・ナイトレイ)です。彼女は「クロスワードパズルを解くのが得意な人」という、少し風変わりな基準で選ばれたメンバーで、チューリングと初めは全く噛み合いません。しかし、ジョーンが次第にチューリングの「空気を読まない」部分に対して理解を示し、彼の特殊な才能を生かしつつも人間的な部分にアプローチしていくことで、チューリングとの関係が次第に改善されていきます。
コンテクストとエニグマの解読
面白いのは、チューリングの「空気が読めない」という特性が、物語の裏テーマとして、エニグマの解読に関連しているところです。エニグマの暗号は、言葉そのものに隠された「コンテクスト」を読み解くことが必要でした。つまり、言葉が持つ表面的な意味を超えて、隠された真意や意図を解明しなければならなかったのです。チューリングの「空気を読めない」という特性が、逆にこの解読作業において重要なカギとなるのです。
また、この「コンテクスト」は読み取るのが難しく、単に言葉の表面的な意味を解読するだけでは不十分でした。チューリングがエニグマ解読に成功したのも、彼があらゆる前提を疑い、数式と理論に基づいて「真意」を引き出すことに特化していたからです。彼の方法論は、言葉の裏側にある意図を正確に把握する点で、まさにエニグマの解読そのものでした。
新50ポンド紙幣の肖像に選ばれたチューリング
チューリングの業績は戦後、彼の存命中には評価されることは少なかったものの、長い年月を経てその重要性が認識されていきました。その中でも、2019年にイギリス政府がチューリングを新50ポンド紙幣の肖像に選び、その功績を讃えたことが、彼の業績に対する重要な評価となりました。この決定は、チューリングのエニグマ解読にとどまらず、現代のコンピュータ科学や人工知能の基礎を築いたことへの賛辞でもあります。
コンピュータ科学の父、人工知能 (AI) の父
チューリングはまた「コンピュータ科学の父」としても知られ、今日の情報技術やプログラミングの基礎を築いた人物です。彼が提案した「チューリングマシン」は、現代のコンピュータの基本的な概念であり、プログラミングの理論的基盤となっています。さらに、チューリングは「人工知能 (AI) の父」とも称され、その理論的研究が現代のAI技術に大きな影響を与えています。特に「チューリングテスト」は、機械がどれだけ「人間らしい知性」を持つかを評価する基準として、今でもAIの研究において重要な役割を果たしています。
チューリングの人生と業績を振り返ると、彼の「空気を読めない」という特性が、深い知識や革新的なアイディアを生み出す源となったことがわかります。これを考えると、非常に感慨深いものがあります。その孤高の天才が、私たちの現代社会に大きな足跡を残したことは、今後も永遠に語り継がれることでしょう。
3回のAIブームとその進化 (1950年代〜現在)
AIの進化には3度の大きな「ブーム」がありました。それぞれのブームは、技術的な進展や社会的な期待によって引き起こされ、次第に普及していきました。これらのブームは、人工知能技術の発展と、未来予測の可能性を大きく変えました。
1. 第一次AIブーム (1950〜60年代)
初期のAIは、主にシンプルな対話システムに焦点を当てていました。コンピュータは決められたルールに従って文字を出力し、基本的な会話をすることができました。例えば、エリザ(ELIZA)というプログラムは、簡単なパターンマッチングに基づいてテキストベースで人間と対話することができ、知性の初期的な試みが行われました。しかし、この時期のAIはまだ非常に限定的で、深い理解や自発的な「思考」はありませんでした。
【欠点】
この時期のAIシステムは、学習能力を持たず、全ての対話のルールやパターンは人間のプログラマーによって手動で設計される必要がありました。プログラマーが1つ1つ「ルール」を登録し、定義したルールに基づいてシステムは動作していました。つまり、AIは事前に与えられた知識やルールを使っているだけで、実際には自分で学習することはありませんでした。
2. 第二次AIブーム (1980〜90年代)
1980年代になると、AIはより複雑な推論システムに進化しました。特に、人間が登録した「ルール」に基づいて推論を行うエキスパートシステムが注目を集めました。これらのシステムは特定の分野に特化し、専門知識を持つ人間のように推論を行いました。しかし、システムが必要とする知識の登録や更新が非常に手間であり、運用には膨大なコストがかかるという課題がありました。
【欠点】
この時期もAIは「学習」を行うことができず、すべての知識とルールは専門家によって入力される必要がありました。そのため、知識の更新や改善が非常に手間と時間がかかり、柔軟性に欠けるという問題がありました。また、システムはあくまで事前に登録されたルールの範囲内でしか動作できなかったため、ルールに登録されていない問題に対応することができませんでした。
3. 第三次AIブーム (2000年代〜現在)
現代のAIは、深層学習(ディープラーニング)とビッグデータ、クラウドコンピューティングの発展により飛躍的に進化しました。AIは膨大なデータを解析し、複雑なパターンを学習する能力を持つようになりました。これにより、AIは画像認識、音声認識、自然言語処理などの分野で圧倒的な成果を上げ、実社会でも多くの応用が広がっています。自動運転車、音声アシスタント、医療診断支援システムなど、AIは現在、私たちの生活の中で欠かせない存在となっています。
【現在の課題】
それでもなお、「AIが知性を持つのか、計算に過ぎないのか」という問いは依然として続いており、今後ますます重要なテーマとなるでしょう。
学習とは何か? ― AIにおける学習の概念
学習とは、知識や技能を経験を通じて習得する過程を指します。人間にとっては、学習は日常的で直感的なプロセスであり、環境や経験を通じて情報を獲得し、それに基づいて行動を変化させます。しかし、AIにおける「学習」は人間とは異なり、特にそのメカニズムと方法論には大きな違いがあります。
1. AIでいう「学習」とは?
AIにおける「学習」とは、データを解析し、そこからパターンやルールを自動的に抽出する過程を意味します。機械学習(Machine Learning)や深層学習(Deep Learning)の技術を用いることで、AIは大量のデータから自ら学習し、経験に基づいて予測を行ったり、問題を解決したりします。
例えば、AIが猫と犬の画像を区別できるようにするためには、猫と犬の画像を大量にAIに与え、それを基にAIが自動でその特徴を学習します。学習が進むことで、AIは与えられた新たな画像が猫か犬かを判断する能力を高めていきます。このように、AIは「データに基づいて学び、改善する」能力を持っています。
2. 人間の教え方の限界
人間がAIに何かを「教える」場合、その方法には限界があります。特に、従来のAIシステムでは、プログラマーがすべてのルールを事前に設定しなければならなかったため、学習をさせるのが非常に手間のかかる作業でした。人間が一つ一つ「これがこうなる」「こうすればこうなる」とルールを手動で設定することには限界があり、効率的な学習が難しいという問題があります。
また、AIに必要な知識をすべて人間が与え続けるのは現実的ではありません。AIが現実世界の複雑な問題に対応するためには、無限ともいえるデータとケースに対応できる柔軟な学習機能が必要です。人間がその都度「教える」ことは不可能に近く、AIが自己学習する能力が必要とされる理由です。
3. AI学習の進化と人間の役割
AIが学習する過程には、教師あり学習や教師なし学習、強化学習などの手法があり、それぞれ異なるアプローチで学習を進めます。教師あり学習では、正しい答えが与えられることでAIが学ぶ一方、教師なし学習では、正解が示されない中でデータの構造を理解する能力をAIが獲得します。
これらの方法により、AIは人間の直接的な指導を受けずに、膨大なデータから自己学習を行い、予測や判断を改善していきます。そのため、AIは人間がつきっきりで教える必要がなく、膨大な情報を効率的に処理し、学習する能力を持っています。これこそが、AIが人間の手助けを受けることなく、より高精度な予測を実現できる理由です。
AIの概念 (ポイント!)
AI (人工知能)は、単に「計算をする機械」ではなく、データをデータに変換する機能を持つ装置として捉えることができます。AIの本質は、入力データを基に別のデータ(出力)を生成する能力にあります。
このように、AIは与えられた入力データを処理し、目的に応じた出力データを生成する装置です。このデータの変換能力こそが、AIの核心をなす機能です。
1. 気温からコーヒーの販売数を予測するAI
ここで、AIがどのようにデータを変換し予測を行うのか、具体的な例を見ていきましょう。冬に関連する予測の例として、「冬の寒さから暖かい飲み物の販売数を予測するAI」を取り上げます。この予測のためには、過去の気温と販売数に関するデータを学習させる必要があります。以下に示すのは、全国清涼飲料連合会のホームページ から引用した「平均気温 (°C)とそれに対応するコーヒーの販売数 (本 / 自販機1台)」のサンプルデータです。
この情報をグラフにすると、以下のような図になります。横軸には「平均気温 (°C)」を、縦軸には「コーヒー(ホット)の販売数 (本 / 自販機1台)」を取ります。気温が低くなるにつれて、コーヒーの販売数が増加する傾向が確認できます。これにより、冬の寒さがコーヒーの需要にどのように影響を与えるのかを視覚的に理解することができます。
このデータを眺めると分かると思いますが、夏場を除く 約20℃以下の範囲に於いて、「平均気温 (°C)」と「コーヒー(ホット)の販売数 (本 / 自販機1台)」には明らかに何らかの関係性がありそうですよね。気温が低いほど販売数が増加しており、この関係を表すような線が1本引けそうな気がしませんか?
実は、このようなデータの集まりから、最も適切な直線を引くこと、これをAIの世界では「学習」と呼びます。つまり、AIがデータを学習するというのは、まさにこの「直線を引く作業」なのです。これでAIの基本的な部分は完成したと言えますが、実際にはこのシンプルな考え方を基に、もっと複雑な予測や判断が行われています。例えば、直線だけでなく、3次式の曲線や、さらに高次元のデータに対応した多変量解析を用いることもあります。こうした高度な関数やモデルを使うことで、より精度の高い予測が可能となるのです。
2. 学習とは「傾き」と「切片」を求めることとも言える
先ほどのグラフを見てみると、もし直線がデータにぴったり合うように引けるとしたら、この直線は数式で表すことができます。具体的には、直線の方程式 y = αx + b のように、傾き (a) と切片 (b) という2つのパラメータで決まります。つまり、傾きと切片が分かれば直線を完全に表現でき、これがAIの「モデル」となります。学習とは、この「傾き」と「切片」を求めることとも言え、AIはその直線を使って予測や判断を行います。
3. AIモデルによる推論
先ほどの「学習」によって得られた回帰式を仮に次のように設定します。
y = −3.89x + 85.6
ここで、y は予測したいもの、つまりコーヒーの販売数(目的変数)を表しています。一方、x は販売数を予測するための要因、つまり気温(説明変数)です。この回帰式は、気温がコーヒーの販売数にどのように影響を与えるかを示す「AIモデル」です。
また、学習によってこの回帰式は最適化されており、これを使って新しいデータ(気温)に基づいた予測を行うことができます。例えば、ある日の気温が 10°C の場合、この回帰式を使ってコーヒーの販売数(目的変数)を予測すると… (気温 x=10 を代入して計算)
y = −3.89(10) + 85.6 = −38.9 + 85.6 = 46.7
気温10°Cのとき、予測されるコーヒーの販売数(目的変数)は 46.7本 (1台の自販機あたり) となります。
おわりに
AI技術は、計算能力の向上にとどまらず、人間の知性を深く理解する方向に進化しています。最初はシンプルな対話システムから始まったAIは、今や複雑な予測や判断を行い、産業、ビジネス、医療などさまざまな分野で活用されています。
AIの進化には、アラン・チューリングの「知性とは何か?」という問いが大きな影響を与えました。しかし、AIが本当に「知性」を持つのか、またその倫理的な問題については、依然として議論の余地があります。それでも、未来のAIはさらに進化し、私たちの予測を超えて驚くべき洞察を提供する可能性を秘めています。私たちがAIをどのように活用するかが、未来を形作る鍵となるでしょう。
次回予告:「AI技術とは何か?(後編) ― その本質と未来」
次回は、AI技術の仕組みをさらに詳しく解説します。人工ニューロンやニューラルネットワークといった基本的な構造が、どのようにしてAIの学習を支えているのかを理解します。また、機械学習、深層学習、強化学習の仕組みと、それぞれがどのように異なる課題に対応するかについても触れます。さらに、ヘルスケアや自動運転、自然言語処理 (NLP)など、AIの実際の応用例を紹介します。次回もお楽しみに!